top of page

流星職人ベルヌーイ

     1

 

 真っ暗な空に光り輝く星が流れている。

 細かい砂が多い灰のような大地の上に立った一人の少年が、それをぼうっと眺めていた。長袖のTシャツ一枚で下にジーンズを履いただけでは少し寒いらしく、肩を縮こませている。

「コートを持ってきていればよかったかな」

 と、彼は白い息を吐きながら呟いた。

 赤、青、黄、緑、紫、紺、白。七色の光を纏った沢山の星々が暗闇を駆け抜ける。およそ数百という流星が尾を引きながら夜空を滑り駆け抜ける。

 星は、彼のすぐ横をビュンと駆け抜けた。

 秒速三百メートルの速さで駆け抜けるこの小さな星に重みはない。あるのはなんとなく肌で感じる暖かさと、ゆるく巻き起こる軽い風圧。握りこぶし程の大きさの塊が肌白い彼の顔をかすめる。

 空には輝くだけの星もある。しかしそれらも、宇宙の終焉に向かって流れ続けている。彼の近くを通る星は、また違う。

 ここは魂の流れる場所。

 世界の命が流れる先。

 流星職人の彼の名はベルヌーイ。

 広大な宇宙の中の、命を巡る物語。

 

     2

 

 彼はこの広大な宇宙の端っこで、毎日毎日休むことなく流星を作って、それを宇宙に流している。材料は、使われなくなってしまった魂だ。

 命というものは体と魂でできている。物質と精神。この二つが合わさって、命は誕生する。

 世界は魂で満ちている。しかし魂が宿るための器を作らなければ、命というものは生まれない。彼はただ、いつ器が作られてもいいように、命の鎖を切らさないように魂を世界に溢れさせている。

 生命が新たな器を作り。

 彼が流した魂の流星がその器に受け止められる。

 その時に、命というものは誕生する。

 奇跡とは、そうやって生まれている。

 

 宇宙には、無数の星が煌めいている。

 空を仰いでいた彼の横を、また一つの小さな流星群が通り過ぎる。七色の星たちでできたその群れは、数にして十三から十五個。だいぶ少なくなっている。きっと多くの星が命になった後の、あぶれてしまった魂たちなのだろう。しかし大丈夫。魂は自らの入る器を見つけるまで走り続けるのだから。

 流星群は通り過ぎ、彼の後ろの方へと消えていった。

 ふと、右手側から小さな紫の光が現れた。

 その光は段々と大きくなってきて、ついには肉眼でも見きることのできる大きさになった。

 土や鋼でできたその塊には、多くのヒビ割れがあった。その裂け目からは光の原因であろう紫の煙が上がっている。煙を残しながらじっくりと進んでいくその隕石の後方には、白い靄(もや)のようなものがかかっていた。

 近くになってきて、彼はようやく気付く。あれは、逆さクラゲだ。

 逆さクラゲは半透明なお椀のような形をしていて、十本ほどの触手を上に伸ばしている宇宙生物だ。大きな隕石に纏わりついて、その隕石のお尻を食べる。とはいっても、ほんのひと欠けらほどなので、その隕石自体が小さくなることはない。常に群れて宇宙を漂う、謎の多い生物だ。あのヒビも、逆さクラゲの仕業じゃないだろう。

 彼の流星が彼らに食べられてしまうことはない。流星に寄りついてくることはあるし、おかげで群れから抜けてしまうこともあるけど、流星はきちんと器のもとに向かってくれる。

 隕石と逆さクラゲの追いかけっこを眺めながら、彼はしばらくそこで星を眺めていた。

 

     3

 

 ベルヌーイは星を見ていたところからほんの少し歩いたところにあるレンガで出来た小さな家に住んでいる。玄関のドアを開くと、正面には廊下ともう一つのドア、すぐ右手には階段が見える。彼はそのまま正面に進み、そのドアを開けた。

 紅白に織り込まれた柔らかな絨毯(じゅうたん)が敷かれた居間には、中央に大きめの木でできた艶のある丸テーブルが一つと、テーブルを挟むように向かい合わせに、同じ木でできたクッション付きの椅子が二つ。クッションは片方が白、もう片方が赤色で、絨毯の色と合わせてある。入って左手には紺のコートがハンガーにかけられていて、壁から飛び出ている釘によって吊るされている。反対側には大きなドアが一つと脇にキッチンテーブルがあり、コーヒーメーカーが音を上げながら珈琲をたてていた。

 テーブルの向こうの側にある壁一面を使って、大きな黒石のかまどが置いてある。かまどの両脇には五段組みの棚が置いてあり、そこにはかまどに使うための薪が入っている。扉は内容量が一目で分かるようにガラス張りだ。

 かまどの中ではコンバス石がパチパチと燃えている。

 コンバス石は可燃性のある鉱石で、一部に火をつけられるとその石の全ての部分に素早く燃え移り、水で消火しない限り永遠に燃え続ける。ちょっと危険な石だけれど、かまどに置いておくにはとても便利だ。

 ベルヌーイはテーブルを右に避け、そのかまどに五、六本薪を放り込んでから珈琲をマグカップに注ぎ、奥のドアを開けその部屋に入った。

 

 そこは、小さな井戸が掘られてある洞窟だった。

 入ってすぐに真っ白い石の机がある。その上にマグカップを置く。

 壁には松明が等間隔でかけてあり、十分な光源になっている。この松明もコンバス石の欠片だ。光量を増やすために、レンズの囲いを被っている。

 井戸の周りには工具が散らばっている。スコップやハンマー、火箸やペンチなどのハンドツールから、ノミや彫刻刀などの小型刃物まで揃っている。

 すぐ近くの壁には、かまども埋め込まれている。部屋にあったものよりは小型のものだがこちらには石組みがしてあり、上には網が敷いてある。網には今は何も置かれていない。相変わらずコンバス石は、揃ってパチパチと火を上げている。

 ベルヌーイは壁に埋め込まれているクローゼットを開き、中にハンガーで吊るしてある作業着を着る。上と下が一体になった動きやすいオーバーオールだ。念のために、厚い皮の手袋をする。

 

 洞窟の中心にある井戸からは、微かな光が溢れている。

 中を覗き込むと、その内側は様々な色に光り輝くトンネルのようになっている。白い石の壁には結晶が所々に埋まっているのだ。その結晶は底から差す光に反射して輝いて七色の照明となっている。底は見えないほど深い。

 ひゅるひゅるひゅる。

 奥から小さな橙色の煙のようなものが、奇妙な音を出してやってきた。

 ベルヌーイはその魂を両手でそっとすくいあげて、胸の前で小さく抱えた。

「おかえり、プラーナ。お疲れ様」

 人生をまっとうし、肉体を失い疲れ切ったその橙色に光る魂(プラーナ)を、彼はそっと抱きしめた。

 

 ベルヌーイはプラーナを木の器に入れ、スコップに入っている鉱石からプラーナと同じ橙色の鉱石を探して作業台に乗せた。プラーナを繋ぎ止めておくための核となる石だ。これを工具を使いできる限り滑らかな球体にする。凹凸が少なくなるように、また削りすぎないように神経を使う。これがこのプラーナの人生を決めるのだから慎重に。時に熱して彫刻しやすく、時に冷まして形を整え、一つの石を作るのに二、三時間を費やす。

 そうしてできた核に、プラーナを定着させる。極限まで滑らかに仕上がった鉱石にプラーナが宿ると、プラーナは核の周りに橙色の煙を纏う。この煙が、流星の帯になるのだ。

 こうして、彼は流星を作っている。

bottom of page